ジェシカの "黒コレラの子どもたち"

このお話では, は "小さな緑のぼうし", は "お気に入りのベンチ",
は "キマ", は "青い電車", は "クラブのはた"

私はポーチに立って、きょろきょろと、あたりを見回していました。右には、左には線路があります。道はを通って、線路につながっています。電車がやってきました。 が見えてきます。わたしはが大すき。の汽笛が聞こえます。わたしはにっこりと笑いました。わたしはこのために、夜中ずっとここに立っていたのです。わたしは家の中へもどりました。

家の中に入ると、お父さんがバイオリンをひいている音が聞こえてきました。わたしはバイオリンのことを、と呼んでいます。お父さんはゆっくりとした、悲しい曲をひいていました。わたしはふしぎに思いました。お父さんはいつも明るくて、いきいきとした歌をひいています。そうすると、お母さんが幸せな気持ちになるからです。お母さんは重い病気にかかっていました。お医者さんは、お父さんのがお母さんを元気づけかもしれないと、いいました。そしてお母さんが良くなるかもしれないとも、いいました。けれどもまだその効果はあらわれていません。

わたしはお母さんの部屋に行くと、おやすみなさいのキスをしました。そしてわたしはなぜ、お父さんが悲しい曲をひいているのか、知ったのです。お母さんはもう、天国に行ってしまいました。わたしはをひいているお父さんのところへ、もどりました。お父さんはわたしに、お母さんはくるしまなかったよ、といいました。お母さんはおひるねをしたまま、なくなったのです。

わたしは外へかけだしました。わたしはにすわりこみました。そうして泣いて、泣いて、泣きました。わたしは夜中までそこにいたと思います。なぜならお父さんがわたしを起こして、家に連れて帰ってくれたからです。わたしはベッドに横になって、泣きました。わたしはまだ子どもなのに。お母さんが、たった一人のお母さんが天国に行ってしまったのです。
次の日、わたしは、お母さんがピーターパンのげきで、かぶっていたを取り出しました。お母さんは、死んだら、わたしにをくれるといっていました。ですからわたしには、をもらう権利があるのです。わたしは決して、をぬがないでしょう。

今は夏休みでした。わたしは自分のすきなことをすることができました。わたしはほとんどの時間を泣いてすごしました。あとはねてばかりいました。そうして2週間を過ごしました。学校が始まるまで、まだ2週間と1ヵ月あります。

ある日、わたしは外に出かけました。わたしはそこで、わたしより2才くらい下の、小さな女の子に会いました。女の子はにすわって、シクシクとないています。女の子はわたしを見上げると、走っていきました。わたしは女の子に、「わたしの、すき?」と、聞きました。女の子はを見て、わらいました。わたしは「どうしたの?」と、聞きました。女の子のお父さんも、亡くなっていたのです。それもわたしのお母さんと同じ病気でした。

その時から、わたしと女の子は、同じ病気で両親を亡くしてしまった子どもたちのため、クラブを作りました。ヨーロッパの小さな町に住んでいると、たくさんの人を知っています。名前は知りませんが、病気のことをたずねたあるお医者さんが、病気は黒コレラだと教えてくれました。

わたしたちはをかかげました。わたしたちは、「黒コレラ」で家族を失った子どもたち全員を応援します。わたしたちがをふると、どこの土地でも人々はわたしたちのことを歓迎してくれます。これはとてもステキなことです。




おしまい


お話: Jessica, age 11, USA

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